大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和28年(ワ)3662号 判決

原告 インターオーシヤンスチーム シツプコーポレーシヨン

被告 入丸産業株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、請求の趣旨

被告は原告に対し金百七十五万八千二百四十円及びこれに対する昭和二十七年十一月七日以降右完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

第二、請求の原因

一、原告はアメリカ合衆国ネバタ州法により設立され、日本において営業所を有する海上運送業等を営むことを目的とする会社で、ノルウエー国商事会社である訴外クナツツエンライン(Knuten Line )会社の船舶を傭船して運送業務を営んでいるものである。従つて、後述のエリザベスバツキイ号は右訴外会社所有の船舶であり、その船長は右訴外会社に雇傭されているものであるが、原告は右船舶を傭船しているのでその所為についての権利義務は一切原告に帰属する。

被告は貿易業等を営むことを目的とする会社である。

二、(一) 原告は被告との契約に基き昭和二十六年十月十七日鉄板三百トンを横浜港から米国カルフオルニヤ州ロスアンゼルス港まで汽船エリザベスバツキイ号により荷受人ボンドブラザース商会(以下、単にボンドという)宛運送し、昭和二十六年十一月六日これを同港に荷揚げした。

原告は右運送に当り被告の請求により右運送品に対する船荷証券を発行したが、右船積に当り原告の船長は当時既に右運送品は鉄板数枚に錆が存し、一枚に曲りのあることを認めたので、この他にも気の付かない錆があるかも知れないから、原告は右船荷証券に「曲り錆無責任。若干枚数に錆あり。一枚は船内仲仕により微少の曲りあり。」と記載すべきと判断し、この旨記載しようとしたところ、被告は運送品の外観に存する右瑕疵を原告が船荷証券に表示しないことによつて生じうべき一切の責任と損害求償につき被告が保証する旨の保証状を差入れることによりこれらの瑕疵を記載しない船荷証券(無故障船荷証券。クリーンビル。)を発行してくれるよう原告に依頼があつたので、原告は被告の「積込に当り積荷受取書(メーツレシート)上下記の摘要を附せられたるも無故障船荷証券発行を御許可相成る上は茲に我社は貴社に対しその発行により生じ得べき凡ゆる責任と損害求償に対し貴社は全く責任のないことを保証する。曲り錆無責任。若干枚数に錆あり。一枚は船内仲仕により微少の曲りあり。」との保証状と引替えに無故障船荷証券を発行した。

(二) 右三者間の法律関係の準拠法について。

1  原告とボンドとの間

原告は事実上の主たる営業所を米国カルフオルニヤ州サンフランシスコ四、カルフオルニヤストリート三一一番に所有し、ボンドも同様に同州サンフランシスコ一一、カルフオルニヤストリート二六〇番にその本店を有しており、共に住所はカルフオルニヤ州であるから両者間の法律関係についての一般的準拠法は米国連邦法及びカルフオルニヤ州法である。

また、本件船荷証券には裏面約款第一条に「本船荷証券は一九三六年四月十六日承認された米国海上物品運送法の規定に基く効力を有し、かつ同規定は本証券に含まれるものと看做す」との約款があり、この約款は総ての証券取得者に対して効力を有するから、証券所持人ボンドと原告との間の本件船荷証券による運送品についての法律関係には同法が適用あり、また同法に規定なき事項については米国連邦法及びカルフオルニヤ州法律並びに同地の商慣習法が適用される。

2  被告と原告との間

被告と原告との本件保証状の契約について、その成立及び効力はいずれの国の法律によるべきかその明確な合意はないが、原告は訴状記載の肩書地に日本における登記した営業所を有し、右営業所の営業行為として被告との間に本件保証状の契約をなしたものであるから、右契約については日本法が適用さるべきである。また、準拠法について当事者の意思が分明でないときは法例第七条第二項によれば行為地法によるとされているので、本件保証状は横浜において作成され、かつ交付されたものであるから行為地法によつても日本法が適用される。

また、本件船荷証券による運送契約については被告との関係においても前述したところと同じく船荷証券約款により米国海上物品運送法の適用がある。

三、しかるところ、原告は右船荷証券の正当所持人であるボンドから引渡された運送品の現物が船荷証券の記載と異ること、即ち本件船荷証券には一級市場品(Prime Commercial quality)の平炉鋼鉄厚板とのみあつたに拘らず、船荷証券によつて引渡をうけた運送品たる鉄板は大部分に皺があり、波形をなし、或るものは裂目があり、厚さは承認し難い程まちまちであつたこと及び鉄板の四方の端及び表面にひどい錆が現われておるものであることを理由とし、因つて船荷証券の所持人たるボンドの蒙つた損害は原告において賠償責任ありとの主張に基き、昭和二十六年十二月十八日損害賠償の請求を受けた。

右ボンドの損害賠償請求は法律上正当な根拠に基くこと左記のとおりであり、原告はこれが賠償義務を免れ得ないものであつた。

(一)  船荷証券記載と運送品の現物との不一致により生じた損害の賠償義務。

運送人は船荷証券発行によりその所持人に対し船荷証券記載の運送品を引渡すべき運送契約上の義務を負うのである。本件船荷証券約款第一条によれば、本件船荷証券は米国海上物品運送法(一九三六年四月十六日承認)に基く効力を有するものと定められているところ、同法第三条第四項によれば運送人は荷送人より船荷証券記載どおりの運送品を受取つたものと推定され、荷送人以外の船荷証券利害関係人に対しては船荷証券の記載にしたがつてその責任を負うことになつているし、また、米国船荷証券法(U.S. Bill of Lading Act 1,916 )第二十二節は船荷証券の記載に誤りがあつた時の運送人の責任につき規定して「船荷証券が運送人により又はその代理人若くは雇傭者によつて発行された場合には……………運送人は指図式船荷証券の所持人に対し船荷証券記載の日若くはそれ以前に全部若くは一部の商品を運送人が受取らなかつたことに基因する損害並びに船荷証券発行の時に船荷証券面に記載の商品と現物とを照合しないことに対し責任を負う」となしていることに徴して、運送人は船荷証券所持人に対して船荷証券記載どおりの貨物を引渡すべき義務がある。

本件船荷証券には運送品の記号、個数、重量のほかに「一級市場品の平炉鋼鉄厚板」と記載されているが、運送品に存する前記瑕疵については何等の記載がないので積荷は取引通念上容認される程度において正常の状態にあることを表示したとなすべきであるが、本件運送品の現物は陸揚地ロスアンゼルス積荷検定人フランク・G・ナイナーの検査の結果、鉄板は著しく錆皺曲りがあり「一級市場品」とは認められないと鑑定された。

よつて、船荷証券記載と現物とに相違があることは明らかで、従つて、船荷証券を発行した原告は船荷証券所持人ボンドに対して記載と現物との不一致より生じた損害を賠償すべき義務を免れ得ない。

(二)  船荷証券に不実記載をなしたことにより生じた損害の賠償義務。仮に、右(一)の理由によつてはボンドに対する賠償義務がなかつたとしても、米国海上物品運送法第三条第三項によれば運送人船長または運送人の代理人は荷送人の請求により他の要件と共に特に(A)運送品の同一性を示すに必要なる主要な記号、(B)包装若しくは箇品の箇数、容積、重量、(C)運送品の外観を記載して船荷証券を発行すべきことを定め、これらの事項は荷送人より運送品の船積前に書面により示されたものが実際受取つた貨物を正確に表示しているかどうか疑うべき相当の理由があるときまたは照査すべき相当な方法がないときのほかは運送人船長又はこれらの代理人の義務として記載すべきとされている。従つて、本件船荷証券にあつては船積当時運送品に若干枚の錆一枚の曲りがあることは原告の知るところである以上、このことを船荷証券に記載すべき義務を負うに拘らず、被告の依頼により敢えてこれが記載をしなかつたのであるから、原告は船荷証券所持人に対し右真実記載義務不履行によつて生じた損害の賠償義務を負わざるを得ない。

即ち、これは無故障船荷証券発行による船荷証券法上の義務不履行による責任であつて、いわゆるCarso Case(第二巡回控訴裁判所判例、court of appeals, second circuit. 1931 AMCII pp. 1,497~1,508 )及びHigins v. Anglo Algerian steamship Co.(第二巡回控訴裁判所判例、court of appeals second circuit 248 Fed )訴訟事件において裁判所は貨物が不良状態にあるのを知つていながら無故障船荷証券を発行した運送人に損害賠償の義務があると判決しており、また、いわゆるPomerence Act(49.U.S. Code Sec.121 )は積荷引受につき虚偽の記載をせる船荷証券を発行した者の損害賠償義務を規定していることに照らしても、運送人たる原告は船荷証券への不実記載(不作為による不実記載)に基因する船荷証券所持人たるボンドの損害一切を賠償する義務がある。

(三)  不法行為たることに基く損害賠償義務。

原告は船荷証券に運送品の外観を記載すべき義務があるのに、故意にこれを記載しなかつたこと前述のとおりである。而して、米国カルフオニヤ州民法第三千三百四十三条によれば表示が真実でなく且つ表示者がその真実でないことを知つてなした不実表示、若くは表示者が表示の真実不真実に全く頓着なく不注意によつてなした不実表示は詐欺(fraud )行為であつて不法行為とされるのであつて、本件における原告の無故障船荷証券発行の所為はまさにこれに該当し、原告は被害者たるボンドに対し損害賠償義務を負う。

四、原告がボンドに対し支払つた賠償額とその根拠。

(一)  右各法律上の根拠により原告がボンドから請求を受けた賠償額は一一、三七三、七六ドルであつたが、その計算の根拠は、ボンドは船荷証券に運送品の瑕疵につき記載があつたならば本件船荷証券を買受けなかつた筈であることは取引通念上考えられるところであり(現に荷受人ボンドはロスアンゼルス、アクイリエーデツド、ケタル、プロダクシヨンとの間において本件運送品転売の契約を締結していたにも拘らず運送品が船荷証券記載と相異していた為に契約を解除された事実がある。)ボンド及びその依頼による信用状開設銀行は運送品に存する瑕疵につき船荷証券に記載がない為運送品は正常な状態にあるものと信じて本件船荷証券を取得したと言えるのであるから、これに因りボンドの蒙つた損害は本件船荷証券買受に支出した総費用であり、その一部に現実に引渡を受けた運送品を売却して得た代価を充当した結果残額が右金額となるのである。その計算関係は次のとおりである。(単位はすべて、U、Sドル)

本件船荷証券売買原価      三九、五九八、二九ドル

領事手数料                二、五〇

信用状銀行利子             七九、三〇

日本ロスアンゼルス間運賃     五、六〇九、七一

同保険料               四八〇、〇〇

入港税                一〇〇、〇〇

ロスアンゼルス港滞船料        四二九、八八

デルパン検査料            一〇〇、〇〇

ハント検査料              五六、二八

ロスアンゼルス倉庫料         六六一、三六

同運搬料             一、三七九、四六

同港内運送賃           四、一一六、九一

電信電話広告代            五五〇、〇〇

ジーヴアイグーへの謝礼        三九五、八八

得べかりし利益の喪失       一、九八五、六一

ロスアンゼルスヴアンクーバー間保険料 一二五、〇〇

以上損失合計          五五、六七〇、三二

ヴアンクーバーにおける処分代金 四四、二九六、五六

右清算残金額          一一、三七三、七六

ボンドの右各出捐は証明容易でありかつ、右損害はいずれも原告が本件船荷証券に運送品の瑕疵を記載しなかつたことと相当因果関係あるものであるから、これを第三項に掲げた各法律上の根拠に基きアメリカ法に則り訴訟において請求されるならば原告はボンドに対しこれが支払いを命ぜられることは明らかであるので、原告はボンドと交渉の結果、賠償の範囲を鉄板の錆損に限定し、ロスアンゼルス港積荷検査人フランク・G・ナイナーの鑑定の結果による錆の除去に要する費用たる一トン(一米トン即ち、六六一、三五六ポンド)当り一四、八〇ドル合計四八八四ドルを支払うことを以つて和解をなし、原告は昭和二十七年十一月六日ボンドに対し右金員、即ち邦貨換算金百七十五万八千二百四十円を支払つた。

(二)  仮に、賠償額算出に関するボンドの右主張は理由がなかつたとしても、少くとも原告がボンドに現実に支払つた右金額は原告がボンドから請求されても止むを得ない賠償金額であつた。

即ち、運送人は船荷証券所持人に対し船荷証券記載どおりの運送品を引渡すべき義務があることは前述のとおりであるから、本件では原告は一級市場品たる平炉鋼鉄厚板にして錆のないもの三百トンを船荷証券所持人たるボンドに引渡すべきであつたところ、現実の鉄板はひどい錆があつたので、運送人はこれを除去してからボンドに引渡す義務があつた訳で原告は自らこの錆除去作業をなしてボンドに引渡すにかえて、これが除去費用たる一トン当り一四、八〇ドル合計金四、八八四ドルの代償をボンドに支払つたものである。

(三)  仮に、右が理由ないとしても、前述のように原告は船荷証券所持人に対し船荷証券の記載と現物との不一致による損害を賠償すべき義務があるから、本件においては本件船荷証券記載どおりの錆のない一級市場品たる平炉鋼鉄厚板の陸揚地ロスアンゼルスにおける陸揚当時の価額と本件における現物についてのそれとの差額が原告がボンドに対し賠償する義務のある金額であつてこれは原告がボンドに支払つた前記四、八八四ドルに一致する。

この点からいつても前記四、八八四ドルは原告がボンドから請求されて止むを得ない賠償額であつた。

五、原告がボンドに対してなした右出捐は、原告が本件船荷証券に「曲り錆無責任。若干枚数に錆あり、一枚は船内仲仕により微少の曲りあり。」と記載すべくして記載しなかつたことに基きボンドが法律上当然に原告に対し有する請求権の範囲内であること以上の如くであり、かつ、若し右の記載をなしていたならば、原告はかかる支払をなす義務がなかつた筈のものであるから、結局、被告の依頼に基き本件船荷証券に右記載をなさなかつたことに基因して原告が蒙つた損害であつて、被告が前記保証状によつて補償を約した範囲内の出捐に他ならない。よつて被告は原告に対しこれが補償をなす義務を負うものである。

六、仮に以上の主張が理由がないとしても、一般に日本及び英米法国における取引上の慣習から考えると、無故障船荷証券発行に際し荷送人から運送人に差入れらるる保証状による契約における当事者の合理的意思は、船荷証券の記載と現物との相異に関して運送人が蒙る損害は無条件に荷送人において負担し、運送人にはなんら迷惑をかけないとの損害担保契約を約定するものであつて、従つて、運送人が荷送人から補償を受けるためには、その出捐が公的に確定された結果によるものである必要はなく、また、その出捐についての運送人の判断が客観的に妥当である必要もないのであつて、その出捐につき運送人において荷送人の権利を害しようとする故意または害されることを認識しなかつた過失ある場合を除き、船荷証券の記載と現物との相異に関する運送人の出捐についてはすべて、荷送人において補償の義務を負うものである。

原告と被告との間の本件保証状による契約も、まさに右の趣旨の契約であつて、被告は原告のボンドに対する前示出捐を全額無条件で補償する義務を負うものである。

七、よつて、被告は、原告がボンドに対し前示四千八百八十四ドルを支払つた昭和二十七年十一月六日、原告に対し右金員を邦貨に換算した金百七十五万八千二百四十円を支払うべき義務を生じたというべきで、原告は被告に対し右金員の支払及び右同日の翌日以降これが支払済まで商法所定年六分の割合による遅延損害金(原被告間の前示保証状による契約は商人がその営業のためなした行為であつて商行為である。)の支払を求める。

第三、被告の答弁

一、請求棄却の判決を求める。

二、請求原因第一項の事実は認める。

三、同第二項(一)の事実中、原告ないしその船長がこの他にも気の付かない錆があるかも知れないと考えた点は不知であり、原告主張の保証状についてはその文言は争わないが原告主張のように生じうべき一切の責任と損害求償につき保証した趣旨であるとの点は否認し(右保証状が損害がないのに運送人が勝手に支払つた金員についてまで保証する趣旨でないこと勿論である。)

その余の事実は認める。

同(二)の準拠法についての法律的見解は争わない。但し、原告及びボンドの営業所の所在地は不知である。

四、同第三項の事実中船荷証券上の記載に関する事実、及び本件船荷証券が米国海上物品運送法に基く効力を有することは認めるが、その余はすべて不知である。ボンドからの請求が法律上拒否できないものであつたとの主張は争う。

(一)  本件船荷証券の記載は実際の運送品と異つていないかないしは少くとも実際の運送品を予測させるものであるからボンドは全然損害発生の余地がないものであり、従つて、原告はボンドに対し賠償義務がない。

1、まず、本件船荷証券には積荷の外観として「一級市場品の平炉鋼鉄厚板(Prime Commercial quality open hearth mild steel plate )」とある。而して、市場品とは規格外の品を表わすのであり、一級市場品とはせいぜい規格外の品のうちで上等のものという程度の意味しか有しない。そして、本件の如くこれ以上の記載がない場合は、船荷証券を見た者は外観につき特記に値するものがなかつたと信ずるであろうし、市場品と記載されている以上船荷証券の記載からは市場品(規格外の品)である鉄板の普通の状態が予期されるわけであり、その普通の状態とは少々の錆や曲りは当然予期されるものであり、従つて、市場品という記載の中に錆や曲りがあるということが当然包含されているのである。

また、そもそも船荷証券に関し運送人が責任を負うのは運送品の外観に限られるのであつて、鉄板の皺、厚さ、裂目などは品質に関するものであるから、運送人において責任を負わないのである。このことは運送人が船荷証券に記載すべき事項のうちに品質に関することがないことにより法律上も明かであり、実際にも運送人が一切の商品に通じていない限りかかることは不可能である。

2、また、鉄は放置すれば自然に錆を生ずるものであるから錆のないものを必要とする場合にはそのための手段が講ぜられる必要があり、その手段たる錆落し、及び油仕上げがなされている場合には、船荷証券に特にその旨を明記すべきであるに拘らず、本件船荷証券にはその旨の記載がないし、また包装についてもなんら記載がなく、却つて荷印が鉄板自体に記されている旨記載されていた(荷印として「両側面に赤線二本ペンキ塗り」とある。)ところからすれば、無包装であることは船荷証券上明白に認められる。そうだとすれば、業者間においては油仕上げもせず無包装である本件運送品に本件程度の錆があるだろうということは船荷証券から当然推測できるのであつて、そこには錯誤ないし欺罔の余地はない。

(二)  本件運送品たる鉄板は被告とボンドとの間に成立した右鉄板の売買契約に適合したものであり、またボンドは現物を熟知していたのであるから、ボンドに損害発生の余地がない。

即ち、本件運送品はボンドを代理するジーヴアイダー商会と被告との間において昭和二十六年十月十一日成立した売買契約に基き被告がボンドに譲渡した鉄板であつて、その売買契約に至るまで次のような経緯があつた。

昭和二十六年九月頃被告は手持の鉄鋼厚板市場品を売りに出し、訴外ジー、ヴアイダー商会なるものが安い鉄鋼厚板を探していたので話がまとまり、同年十月被告とボンドの代理人たる右商会との間に鉄板四百五十トンの売買契約が成立した。内百五十トンはカナダ向であり、三百トンのアメリカ向のが本件鉄板である(なお、このカナダ向百五十トンはなんら問題なく引取られている)。この時の契約目的物は手持の市場品であることが明記されて居り値段もトン当りF、O、B一三二ドルで市場品として頃合の安い値段であつた。品質の検査については訴外デルパン商会の検査を以て最終のものとなすこと、即ち到着地での検査と喰い違つた場合デルパンの検査を標準とすることに契約上定められていた。その後ボンドより信用状が開かれたが、これを見るとPrime Commercial qualityとあつた。市場品には国際的な規準による等級はないのでこのプライムの意味を代理人たるヴアイダー商会に確かめさせたところ「プライムとはプライムのことである」とのことだつた。そこで、一級品か否かは契約上の条件ではないのだが、ともかく検査機関たるデルパン商会に一任することとし、双方合意の上右訴外商会に品質検査を依頼し、同年十月五日右訴外商会の検査の結果本物件は一級市場品であるとされ、本件船積になつたのである。

右の経緯からすれば、本件運送品は被告とボンドとの間に成立の売買契約に適合した鉄板であつたことは勿論、ボンドは善意無過失の第三者ではなく売買契約の当事者としてその現物を熟知していたのであるから、船荷証券の記載のみを信頼して不測の損害を蒙るいわれがない。そして、損害のないところに何人に対してもこれが賠償請求権がある筈なく、運送人としても売買契約の当事者に対してはその契約を援用し得るものと解すべきところ、原告は被告から右経緯の説明をうけ遅くも昭和二十七年八月二十二日にはこれを知悉していたもので、原告はボンドに対しこれを主張し賠償の支払を免れ得たのである。

(三) 船荷証券は運送人が運送品を受領したときのその状態につき推定的効力をもつに過ぎないから、本件の如き場合運送人は反証をあげて船積の際の状態を争い得るのである。即ち、米国海上物品運送法(合衆国連邦法典中第千三百条ないし第千三百十五条の部分)は合衆国連邦法典(United States Code)第千三百条により外国貿易において合衆国の港へ又は港からの海上物品運送に適用されることになつており、また、本件船荷証券約款第一条によつても本件の場合その適用あること明らかであるが、その第千三百三条(4) はBill as prime facie と題し、「かかる船荷証券は本条(3) の(a)(b)及び(c)の規定に従い証券中に記載された通りの運送品を運送人が受取つたことの一応の証拠(prime facie evidence)となる。」と規定されている。そして、右に引用される第千三百三条(3) は原告も引用している条文であり「証券記載事項」(Contents of Bill)と題して「運送人、船長又は運送人の代理人は運送品を自己の管理下に受取つた後荷送人の請求により荷送人に対しその他の事項と共に左記事項を示す船荷証券を発行しなければならない。」とあり、その事項として(a)記号(Marks )、(b)数量又は重量の次に(c)運送品の外観的状況(the apparent order and condition of the goods )が拳げられているのである。

右第千三百三条(4) に「一応の証拠」と規定してある以上反証を許すもの、即ち、英米法は大陸法と異り元来船荷証券につき推定的効力のみ認めているに過ぎないから運送人が反証を挙げて船積の際既に引渡のときと同一の状態であつたことが立証されれば責任を免れるという建前である。従つて、原告はこれを立証してボンドの請求を拒絶できたのであり、被告も原告に対しボンドからの賠償請求については訴訟で争つても有利である旨を通告していた。

この点に関し右条項の旧法にして、かつ第千三百十一条により船積前荷卸後について現在もなお適用あるいわゆるハーター法の第四条(合衆国連邦法典第四十六篇第百九十三条に該当し、第千三百三条と同趣旨の「一応の証拠」となるという規定である。)に関するUnited States Code annotatedの判決注釈第十四によれば「本条の下において無故障船荷証券の善意の所持人が悪い状況で引渡があつたのに対し損害賠償を請求した事件において船舶は積込の際における運送品の真実の状況を主張することを禁じ(estop )られなかつた。該船荷証券には運送品の真実の状況についてなんら記載されておらず、船舶所有者は保証状をとつていた。ニコルス対パナイ号事件。」とあり、右判決はかかることをば「久しく確立されている法理(the long established rule )」であるとしているのである。従つて、右記載からしても、原告主張のように米国法廷で争えば必ず負けるということはなんら根拠なき独断であることが明らかである。

(四)  本件の場合本件船荷証券約款第十条を援用すれば、原告はボンドに対する賠償支払を免れ得た。

即ち、右第十条には「運送人は荷送人の指示どおりに積荷の記載をなしたものであつて、その正確性については責任を負わない。」との責任免除の条項がある。

(五)  本件船荷証券に積荷受取書(メーツ、レシート)に記載しあつたことを記載しなかつたことは不実記載ということはできず、この点の原告主張は誤りである。即ち、運送人が船荷証券にどのようなことまで記載すべきかが運送人の良識に一任されている限り、本件のように積荷受取書に記載しあつたことを船荷証券に記載しなかつたからといつて積極的な不実記載ということはできず、また、実際には運送人は積荷受取書の記載を船荷証券に書くことを敢えて固執しないのが通例である。

五、請求原因第四項について、原告がボンドに対し原告主張の日時原告主張の金員を支払つた事実及び損害額算定の基礎になる事実はすべて不知。

(一)、仮に、ボンドに損害があつたとしても、右損害は本件船荷証券に運送品の瑕疵につき記載がなかつたことと因果関係がない。

原告はボンドは船荷証券に運送品の瑕疵につき記載があつたならば、本件船荷証券を買受けなかつた筈であるとして船荷証券買受けに支出した総費用から損害額を算定しているが、品物の転売代金がその購入代金に及ばないということは商人には往々あり得ることで、要するに自己の予測に誤りがあつたというだけであるし、また、ボンドは被告との売買契約により被告から本件運送品たる鉄板を買受け、船荷証券はこの貿易手続の一環として送付を受けたに過ぎないのであるから、本件船荷証券の記載を信じてこれを買受けたものでなく、従つて、仮に瑕疵の記載があつたならばこれを買受けなかつたであろうということはいえないのである。

(二)  仮に、法律上原告にボンドに対する賠償義務があつたとしても原告主張の損害額の算定方法は誤りである。

1、錆除去費用が損害であるとの主張は全く理由がない。錆によつて損害が生じたとしても、その損害とはボンドが予期した売却が出来なくなつたとすれば、その契約解除により蒙つた損害、得べかりし利益の喪失となるべきであつて、錆除去の費用の如きはボンドが現実に他に支払つたか、これから支払う予定であるか、或いはせいぜい自己が使用する場合において使用価値の減少の標準としてのみ請求できるものと解すべきである。然るに、ボンドは錆を除去した事実なく本件鉄板を直ちにカナダ向に転売しているのであるから、錆除去費用が損害であるという主張は根拠がない。

2、仮に、錆除去費用をもつて損害額算定の基礎とするも、原告主張のフランク、G、ナイナーの鑑定によるも、錆を落し油仕上げをなせば、鉄板の価格がより高くなり得るから、この操作に要する費用の一部は所有者の負担たるべきと思うとされているのであつて、これに関する費用をもつて直ちに損害額となすは誤りである。

3、更に進んで、本件において錆はボンドにとつて不測の損害ではないから錆はそもそも損害額算定の基礎たり得ない。この点に関しては、さきに主張した四、(一)(二)の主張を援用すると共に、以下の如く主張する。

(1)  本件鉄板の用途は船荷証券上には書かれていないが、全体の記載から推して特殊の用途なき一般の鉄板、即ち建築用鋼材と見られるところ、通常建築用鋼材には赤錆を生じたまま使用されていることは周知のところで、錆の存在は当然予期される。

(2)  鉄材の取引については錆を許容しているのが慣習である。例えば、米国の原料規格検査協会の定めによれば、通常の鋼板の欠点の中に錆のことは触れておらず、またさきに述べたように包装のない場合は錆びることが必然なるにも拘らず包装が必要ともされていない。日本の工業標準化法第二条第三号には鉱工業品の包装のことが定められているが、鉄板の包装については別段の定めがない。また、これと立場を異にした国際商業会議所制定の「貿易条件の解釈に関する国際規則」にも無包装で船積する慣習のあるものは包装の必要がないとされており、鋼材は正にこれに当るのである。右の如く、取引慣習上錆は一般に許容されているのであつて、これに反して錆を禁ずる場合は契約にこれを明記する必要あるに拘らず、本件契約にはなんら錆を禁ずる旨の条項もそれを推察させる包装や油仕上げの条項もないのであるから、ボンドは錆により不測の損害を蒙ることが考えられない。

六、請求原因第五項について、

(一)  本件保証状の趣旨を争うこと前記三のとおりであり、仮にボンドが法律上原告に対し請求権があるとしても、被告が原告に対し補償せねばならない範囲は数枚の錆と一枚の曲りによつて生じた損害に限られる。

即ち、本件積荷の積荷受取書には「曲り錆無責任。若干枚数に錆あり。一枚は船内仲仕により微少の曲りあり。」との記載があるが、船荷証券に記載すべき事項としては、客観的事実たる個数、容量、重量、記号、外観的状態であつて「曲り錆無責任」との免責的文言は事実についての記載ではないから、積荷受取書にあつたからといつて当然に船荷証券に記載すべきことではない。当時原告が船荷証券に記載しようとしたのは若干枚数の錆と一枚の曲りだけである。原告は錆や曲りが他にもあるかも知れないと思つて「曲り錆無責任」の文言を入れようとしたと主張しているが被告はかくの如き原告の内心の意思には関知しない。被告は右若干枚数の錆と一枚の曲りとを記載しないように原告に依頼し、この点についてのみ保証状を差入れたのであるから、それ以上の点についての損害については被告は補償を約していない。

(二)  運送中生じた損害は運送人が負担すること当然でありこの点からも被告が原告に対し補償せねばならない範囲は数枚の錆と一枚の曲りによつて生じた損害に限られる。

即ち、船荷証券所持人から運送人に対して請求する場合は積込の際の現物と船荷証券面記載との相違による損害と運送中生じた損害とを特に区別する必要はないが、本件の如く運送人たる原告から荷送人たる被告に請求する場合にはこの両者を厳に区別することを要する。運送人は運送中生じた損害を負担すること当然であり、売主たる被告としては船積後の危険は一切負担しない理であるからである。そして本件の場合船積に際し錆が全部にわたり甚しかつたのであれば、原告側がこれに気付かない筈はなく、原告がこれに気付かぬ以上当時は若干枚数の錆と一枚の曲りしかなかつたものというべく、被告に対し原告は自ら認めた以上の錆、曲りの責任を問えるものではなく、陸揚時自ら認めた以上の錆、曲りがあつたとしても、それはすべて運送中に生じたものと認めるのほかなく、被告に対しこれが補償は請求できないといわねばならない。

七、請求原因第六項について。

出捐についての運送人の判断が客観的に妥当でなかつたとしても、保証状を差入れた荷送人から補償を求められるとの原告主張は争う。後に他に損害を転嫁し得る地位にあるものは、それだからこそ却つてこの最終の損害負担者の損害をでき得る限り少くすべく善良なる管理者の注意を以つて努力する義務あるものというべきで、原告は被告より詳細に事情を説明され、法廷で争つてもよいとまでその意思を伝えられておきながら、勝手に支払つたもので、これが客観的に妥当ならずとすれば、一切原告自身の責任という他なく、到底被告に求償できないものである。

なお、本件の如き取引関係において運送人が実際に責任を負つて荷受人に賠償するということは全くないのが商慣習である。従つて、本件においてもボンドは先ず被告に交渉して来たのであるが、被告からそのクレームの失当なることを主張された結果、被告を相手に訴訟において公的に争つても勝訴する自信がなく、運送人たる原告を相手に交渉するに至つたものである。

第四、被告の答弁に対する原告の反駁

一、本件船荷証券の記載が実際の積荷と異つていないとの主張について。

(一)  被告は「市場品」という記載によつて運送品の外観たる錆や曲りを表示したものであると主張するが、この主張は失当である。即ち、米国海上物品運送法第三条第三項C号に規定する運送品の外観記載は運送品に対する検証の結果たる貨物の物理的存在状態及び性状の記載を要求しているのであつて、「市場品」という経済的価値判断のための抽象的標準によつて記載してもよいということはない。なぜならば、「市場品という記載によつては貨物の形態、性状を知ることは一般には不可能であり、また、専門的知識を有しない運送人にとつては当該貨物が「市場品」かどうかということは判断し得ることではないから、同法が運送人に運送品の外観につき記載することを要求しているのは、かような抽象的価値観念の記載でよいとする趣旨に非ざることは疑いがない。従つて、「一級市場品」との記載では錆や曲りを表示したとはいえないのである。

また、被告は運送人が責任を負うのは外観に限られ品質には及ばないと主張しているが、鉄そのものの硬軟またはその成分の問題を品質というならば、運送人は品質について責任を負わないといいうるが、本件において問題となつているのは曲り、われ、錆などであつて、これは外観でありかつ、品質なのである。

(二)  また、被告は船荷証券に油仕上げ包装に関しての記載のないところからすれば、本件運送品に錆があることは当然推測されると主張するが、なるほど、鉄は放置すれば自然錆るけれども、錆の程度には種々あつて取引通念上一般に許容される程度の錆は無包装の鉄板について推測されるかも知れないが、古鉄(スクラツプ)として取扱われたのでなく、製品として取扱われた鉄板である以上、[取引通念上一般に許容される錆の程度には自ら限度があるものである。本件運送品は前述のフランク、G、ナイナーの検査の結果、著しい赤錆であつて取引上許容された程度をはるかに超えた錆損が認められたのであつて、かような運送品の同一性を損う程度までの錆は油仕上げをなしてないこと及び無包装なることからは推測できず、この意味において被告の右主張は理由がない。

二、本件運送品が被告ボンド間の売買契約に適合するから、ボンドに損害なしとの主張について。

ボンドの原告に対する損害賠償請求の原因は、原告が運送品の状態につき事実のままを船荷証券に記載しなかつたこと、そしこれが船荷証券所持人に対する一種の義務不履行または不法行為となることに基くものであつて、船荷証券を基因とする原告とボンドとの間の法律関係に基く請求権なのである。即ち、ボンドは被告との間の売買契約の目的物と運送品が異ることを原因として原告に損害賠償を請求して来たのではないから、運送品がボンドと被告との間の売買契約の目的物と同一であるかどうかは原告の関知するところでなく、従つて、原告としてはボンドとの間においては船荷証券によつてのみ拘束されるのであるからボンドと被告との間の売買契約上の事由をもつてボンドに対し抗弁することはできず、原告としては船荷証券に真実を記載しなかつたことによつてボンドに対して責任を負うのであり、この法的責任は仮に被告とボンドとの間の売買目的物と運送品とが一致している場合にもなんら異るところはなく、原告としてはボンドからの賠償請求に応じなければならない客観的事情にあつたものである。

被告はボンドは善意無過失の第三者ではないと主張するが、ボンドは船荷証券債務者たる原告に対する関係では純粋に船荷証券法上の関係であるから善意の第三者であつて、ボンドが原被告間の本件保証状による特約を知つて船荷証券を取得したのであれば格別、そうでなければ、船荷証券の記載のみを信頼して本件船荷証券を取得したボンドが原告に対しその責任を追及して来た場合、原告はこれを否定することはでぎないのである。蓋し、本件運送品、即ち錆、曲りのある鉄板が被告とボンドとの間の売買の目的物であつたとしても、船荷証券にこれらの記載があれば、ボンドの依頼した信用状開設銀行は右船荷証券の買取りを拒否したであろうし、従つてボンドとしてもこれに要した経費の支出を免れた筈であるからである。

なお、被告主張のジー・ヴアイダー商会はボンドの代理人ではなく、単に被告ボンド間の売買契約につきブローカーの役割りをなしたにすぎない。

三、英米法は船荷証券に推定的効力のみを認めているに過ぎないとの主張について。

米国海上物品運送法第三条第四項は船荷証券の記載は運送人が荷送人より船荷証券記載どおりの運送品を受取つたことの一応の証拠となると規定していること被告主張のとおりであるが、この船荷証券の推定力は荷送人以外の船荷証券所持人に対しては絶対的推定力を有し、反証を許さない趣旨と解するのが通説である。

仮に、そうでないとしても、運送人が過失なくして運送品に瑕疵があることを真実知らなかつたため無故障船荷証券を発行した場合は、運送品受領の際引渡時と同一の状態にあつたことを立証することにより、運送人をして記載の不一致による責任から免れしめることがあるにしても、本件のように運送人自身運送品受領の際既に瑕疵あることを知悉していて、荷送人からの保証状により明らかに虚偽の事実を船荷証券に記載した場合または記載すべき事実を故意に記載しなかつた場合は、当該船荷証券はその記載どおりの運送品を引渡すべきことを暗黙に表示しているというべきであるから、一旦かような船荷証券を発行したときは英米法の原則たる禁反言の法理に照らし、運送人は船荷証券所持人に対し、実際の運送品は受領の際から、船荷証券表示と違うことをもつて抗弁することはできないというべきである。このことは、最近我が国でも船荷証券に関する規定の統一条約を批准し、これを採り入れた国際海上物品運送法が制定公布されたところ、その第九条において船荷証券は運送品の受取の一応の証拠とされると共に、運送人の故意または重大な過失により証券の記載に誤りがあつた場合には、その記載と現物との不一致による責任を負うとなつていることに照らしても、規定の字句は異るが、米国海上物品運送法も同趣旨に解せらるべきといわねばならない。

また、仮に以上の主張が理由がないとしても、米国海上物品運送法第三条第四項の規定は船荷証券上の運送債務に関する規定であること明らかであり、運送人が同条第三項に則り船荷証券に記載した事項が事実と相違することを知らない場合に運送人に推定を覆す反証を挙げることを禁じていないに止まる規定に過ぎず、船荷証券の不実表示が生ずる他の法律上の効果についてはなんら規律するところがない。本件船荷証券記載は被告も認めているように発行に際し事実と異ることを被告も原告も知つていたのに被告の依頼により敢えて不実の表示をなしたのであり、この船荷証券不実表示が船荷証券所持人に対し義務不履行または不法行為となり損害賠償義務を負うかどうかは、右の船荷証券の推定的効力の問題とは別問題であつて他の法律に照らして判断すべきものであるから被告の主張は理由がない。

四、本件船荷証券約款第十条に関する被告の主張について。

本件船荷証券は約款第一条により米国海上物品運送法による効力を有し、証券の記載にして同法の定めた規定に違反するときは無効であると記載されている。而して、同法第三条第八項は「本条所定の義務に対する懈怠、過失もしくは不履行に基き貨物につきまたは貨物に関して生ずる滅失、損害に対する責任を運送人もしくは船舶に免除し、もしくは本法において規定する以外にその責任を減免するような運送契約における一切の条項、合意、同意はこれを無効とする。」と規定するから、被告主張の船荷証券約款第十条は右に抵触し、原告においてこれを援用し得ないものである。

また、本件船荷証券約款第十条は荷送人と運送人との関係を規律するもので、運送人から船荷証券所持人に対しては援用できないものである。即ち、同条の第一段は「他に特記なき限り本船荷証券に表示されたる貨物及び其の明細は出貨主から文書をもつて掲示されたものと同一のものであると同時に運送人は荷印、番号、数量、重量、規格、容積、内容、性質、品質または価額の正確さに就いては関知せぬものとす」とあるが、第三段は出貨主及び貨物は斯る個々の重量を表示し、記載することを怠つたことにより生ずることあるべき、または斯る個々の荷物に対し表示され、記載された重量の不正確より生ずることあるべき、または貨物の性質、内容、または内容の状態を示すことを怠り、または誤つて表示したることより生ずることあるべき損傷、損失、または損害につき責任を負う義務あると同時に運送人にその損害賠償の義務を負う」と規定されており、右は米国海上物品運送法第三条第五項の規定と同趣旨であつて、荷送人の運送人に対する損害補償義務を規定するものである。また、同法第三条第五項においては右と同趣旨の他に、後段において「この賠償についての荷送人の権利は運送人が運送契約により、荷送人以外のすべての者に対して負う責任及び義務をなんら制限するものではない」と定めていることでも明かである。

更に、また、仮に、以上の主張が理由がないとしても、約款第十条第一段に運送人がその正確さに就いて関知しないものとして列挙されたなかに貨物の「外観」は含まれていないから、右条項を援用して本件鉄板の錆損に関しては原告は関知しないとはいいえないのである。

五、錆除去費用をボンドの損害とすることは理由がないとの主張について。

特定物の引渡債務において引渡した物品に損傷がある場合及び不法行為に基く物の毀損の場合における損害額はその損傷が修繕可能のときは修繕料を以つて賠償額とせらるべきである。従つて、現実に修繕料を支払つていなくても修繕料相当額をもつて損害額となすに妨げない。本件において錆除去費用は修繕料に他ならないからこの金額をボンドの損害とすることは正当である。もつとも、原告のボンドに対する責任は鉄板に対する直接の侵害に基くものではなく船荷証券に錆損の状態を記載すべきであるのに記載しないことによるボンドに対する責任であるけれども、原告とボンドとの関係では鉄板の錆損の存するものをボンドに引渡した点において原告が錆損を加えた場合と選ぶところがないから、前記損害額算定に準ずるを相当とする。

六、保証の範囲に関する被告主張について。

被告が原告に差入れた保証状の前記文言からすれば、保証の範囲が「曲り錆無責任」との文言にまで及ぶことは論を待たない。船荷証券に記載すべき事項を客観的事実または外観的状態のみで、免責的文言は記載すべきことではないというのは被告の独断であるし、右「曲り錆無責任」の文言は免責的文言の意義にとどまらない。原告としては短時間のうちに多量の運送品を迅速に船積しなければならない関係上、充分運送品を照査することができないのであるが、若干枚の錆と一枚の曲りのほかに気の付かなかつた錆があるかも知れないから運送品全体の性状を包括的に表示する方法として「曲り錆無責任」との文言を記載し、これによつて、船荷証券取得者に貨物の状態を知らしめる必要があり、このために原告は船荷証券上にこの記載をしようとしたのである。そして、かかる記載のあるときは、船荷証券取得者は一見して運送品の状態に異常のあることを知り得るのであるから、運送人はそのことを抗弁することにより賠償の責を免れるか少くとも責任の軽減を得られたことは過失相殺の法理からも窺われるわけである。従つて、本件保証状による保証の範囲がこの点に及ばないわけはない。仮に、被告主張のように保証状と右免責的文言と無関係だとし、運送人が本件保証状の差入れを受けたに拘らず、なお、右文言を船荷証券に記載したとすると、信用状開設銀行は本件船荷証券を買取らなかつたであろうことは容易に推測できるのであつて、このようなことにならないように、本件保証状を差入れて、右文言を記載しない無故障船荷証券の発行を依頼したことを考えれば、保証状の保証が右文言に及ばないというは事の本質を知らない空論である。要するに、運送人としては運送品のありのままの状態を記載すべき当然の義務あるに拘らず、荷送人の便宜のために無故障船荷証券を発行することとなつて、被告は原告に対し無故障船荷証券発行に基因する一切の故障、損害求償については荷送人たる被告において一切引受け、運送人たる原告にはなんら迷惑をかけないということを約束したのである。

七、被告は本件の如き取引関係において運送人がまず責任を負つて荷受人に賠償することはないのが商慣習だと主張しているが、かかる商慣習は存在していない。

第五、原告の反駁に対する被告の再反駁

本件船荷証券約款第十条について。

原告は、本件船荷証券約款第十条を米国海上物品運送法第三条第八項に照らし無効であると主張するが、右規定は「……懈怠、過失もしくは不履行に基く(arising from)貨物につきまたはこれに関して生ずる滅失、損害」に関する規定、即ち、貨物が運送人の行為により滅失毀損した場合に関するものであつて右約款第十条を無効ならしめるものではない。なお、自ら船荷証券に記載した約款につき原告自身その無効を主張することは禁反言の法理に触れるし、またもし、米国海上物品運送法第三条第八項の規定によりかかる条項、合意が無効ならば原告の主張するように気が付かなかつたかも知れない曲り、錆に関しては責任を負わないとの趣旨の「曲り錆無責任」の文言はやはり運送人の責任を減免するもので、これを船荷証券に記載しても同じく無効といわざるを得ないから、被告の保証状差入れの結果なさなかつた所為(右文言を船荷証券に記載しなかつたこと)と原告の蒙つた損害との間にはなんら関連がないことになり、被告に対して保証状に基いて補償を請求することはできなくなるの理である。

右約款第十条は運送人と荷送人を規律するにすぎず、船荷証券所持人に対しては援用できないとの原告主張及び貨物の外観については援用できないとの原告主張は争う。

第六、証拠関係。

一、原告は甲第一ないし第四号証、第五号証の一、二を提出し、証人松宮雄七郎の尋問を求め、乙第十号証、第十一号証の一、第十二、第十三号証の各成立、乙第五号証の原本の存在及び成立はいずれも認める、乙第四号証の二、第九号証の二、第十一号証の二は原本の存在、成立ともに不知、その余の乙号証の成立はいずれも不知と述べた。

二、被告は乙第一ないし第三号証、第四号証の一、二、第五号証、第六号証の一、二、第七、八号証、第九号証の一、二、第十号証、第十一号証の一、二、第十二ないし第十四号証を提出し、乙第一号証は売渡確認書の控で被告において保管中のもの、第二号証、第四号証の一、第七号証、第九号証の一、第十一号証の一はいずれも被告の発出した手紙の控、第四号証の二、第五号証、第九号証の二、第十一号証の二はいずれも写でそのうち第四号証の二、第九号証の二、第十一号証の二はそれぞれ第四号証の一、第九号証の一、第十一号証の一の手紙に添付した書類、乙第六号証の一は証明書の副本、同二は報告書の副本であると述べ、証人松浦和雄、同大野俊也、同黒田一男、同ルドルフ、リースの各尋問を求め、甲第二、三号証の成立は認める、その余の甲号各証の成立は不知と述べた。

理由

一、原告は、アメリカ合衆国ネバタ州法により設立され、日本に営業所を有して海上運送業を営むことを目的とする会社であつて、ノルウエー国商事会社訴外クナツツヱンライン会社所有の船舶エリザベスバツキイ号を傭船して運送業務を営んでいること、被告は貿易業等を営む会社であること、原告は、荷送人被告との契約に基ずき、昭和二六年一〇月一七日横浜港出港の右エリザベスバツキイ号により鉄板三〇〇トンを荷受人ボンドブラザース商会宛運送し、同年一一月六日アメリカ合衆国カリフオルニア州ロスアンゼルス港にこれを荷揚したこと、右運送に当り、被告は、原告に対し「積込に当り積荷受取書(メーツレシート)上、下記の摘要を附せられたるも、無故障船荷証券発行を御許可相成る上は、茲に我社は貴社に対し、その発行により生じ得べき凡ゆる責任と損害求償に対し貴社は全く責任のないことを保証する。曲り錆無責任。若干枚数に錆あり。一枚は船内仲仕により微少の曲りあり。」との記載ある保証状を交付し、原告は、これと引替えに「一級市場品(Prime commercial quality)の平炉鋼鉄厚板」とのみ記載し、運送品の外観の瑕疵を何ら記載しない無故障船荷証券を右運送品に対して発行したこと、以上の各事実は当事者間に争いがない。

二、原本の存在及び成立につき争いのない乙第五号証、証人大野俊也の証言から原本の存在及び成立を認めるべき乙第四号証の二、同証言から成立の真正を認められる乙第一ない第三号証、第四号証の一、証人松浦和雄の証言から成立の真正を認められる乙第六号証の一、二、証人松浦和雄、同大野俊也、同黒田一男、同ルドルフ・リース及び同松宮雄七郎の各証言(但し松宮の証言中後掲措信しない部分を除く)を綜合すると次の事実が認められる。

即ち前項記載鉄板三〇〇トンは、昭和二六年一〇月上旬頃、被告がボンドの日本における代理人ジー・ヴアイダ・アンド・カンパニー東京支店長ルドルフ・リースとの間でボンドを買主として、売買契約をしたものであつて、被告方在庫品の軟鋼鉄厚板四五〇トンの一部であること、右契約においては、リースの申出により、被告の倉庫にある鉄板を売買の目的物としたものであつて、その品質については、一般に国内で通常の用途に適するものとして異議なく取引される品質のものを目的としたけれども、買主側から提出された書面に基ずき作成された売買契約書(乙第一号証)にはプライム・コマーシヤル・クオリテイなる言葉が用いられた。しかしコマーシヤル・クオリテイの意味について取引上別段の規格を示す用語ではないので、被告はリースにプライム・コマーシヤル・クオリテイの語がどのような品質、規格を意味するのかを尋ねたところ、リースにおいてもボンドに紹介したがその意味が判明しないので、被告はリースと協議の上業界に信用ある検定機関である訴外アール・ジエー・デル・パン・コーポレーシヨンの検査を最終的なものとしてその判断に従うとの合意がなされたこと、右合意に従い、被告及びジー・ヴアイダーはデル・パンにその検査を依頼し、これに基ずきデル・パンは現物の検査を実施することになつたが、日本国内においては、鋼鉄厚板につき、市場品(Commercial)なる語が一定の規格ないし品質の基準を示すものとされることはなく、且つ特定の用途を指定されたものを除き、国内における市販の鋼鉄厚板に何らの規格が存しないので、買主側の要求する検査基準もしくは用途を問合わせたが、ボンドから回答を得られなかつたため、これを国内で用途を特定せず商取引されるものの内上等のもので、未だ使用されたことのないもの(ジー・ヴアイダーにおいてもprime の意味をこのように解していた)を意味するものと判断し、なお取引の目的物が被告の倉庫にあるものを目的とした点にも鑑み日本工業標準規格をやゝ緩和することを目安として自ら標準を定め、それに則り、同年一〇月五日本件鋼板につき、見本抽出の方法により、延び、曲り等の物理的試験、材質の化学分析、表面及び寸法の検査等を行つた結果、実用上支障のある程度の曲りその他の欠陥は見当らず、右に定めた標準に適合するばかりでなく、日本工業標準規格にも合致する品であると認めたこと、右検査の際数枚について錆を認めたが、工場で製造されたばかりの新品を除き、油仕上も包装も施されてない在庫品の鋼板は錆を帯びているのが通常であり、本件鋼板の錆も通常の市販品に比べて顕著なほどでなく、一般の工業用として又は取引上、何らかの障害を生ずる程度のものとは認められなかつたこと、そしてデル・パンは、右検査の結果(数枚について有害でない程度の錆の存在の事実をも含めて)を被告及びジー・ヴアイダーに通知したこと、その後右契約にかゝる四五〇トンの鋼板の内、本件の分を除く一五〇トンは、カナダ・ヴアンクーバー港宛て積出し、何らの異議なく買主に引渡を了したこと、本件鋼板は、東京都江東区の倉庫から横浜港へ艀で運び、一〇月一六日頃、検数協会の概略的な点検を受けながら、船艙内に無包装で積んで船積を終え、その荷役に際し一枚に僅かな曲りを生じ、又、数枚に錆はあつたが、在庫品として特に顕著な錆は認められなかつたこと、その際「曲り錆無責任。若干枚数に錆あり。一枚は船内仲仕により微少の曲りあり」との記載のある積荷受取書(メーツレシート)が発行されたが、その内「曲り錆無責任」なる文言は、通常鋼鉄板の運送に際しては、現実に曲り、錆があると否とに拘わらず慣例的にメーツレシートに記載される文言であり、本件の場合も右慣例に従つて事務的に処理されたに過ぎず、特にこの点で後日紛争発生の可能性があることによるものではなかつたこと、前掲のような無故障船荷証券の発行及び保証状の差入れも現実に瑕疵を認めると否とに拘わらずなされるものであること、以上の各事実が認められる。証人松宮雄七郎の証言中右認定に反する部分は措信し得ない。

三、証人松宮雄七郎の証言、同証言から成立の真正を認められる甲第一号証、第四号証、第五号証の一、二並びに弁論の趣旨によれば、右運送品到達後間もなく、前記船荷証券所持人ボンドは陸揚地の検査の結果、引渡を受けた鋼板の多くに皺、波型、裂目、曲り等があり、厚さは承認し難いほどにまちまちであり、鉄板の四方の端及び表面にひどい錆が現われている等、船荷証券に記載のない瑕疵のあることを理由として、運送人原告に対し、本件船荷証券買受に要した総費用から現実に運送品を売却し得た代価を差引いた残額一一、三七三ドル七九セントの損害賠償の請求をし、原告は、アメリカのオーナース・クレームビユーローの和解の勧告に応じてボンドと交渉の結果、本件鋼板の錆の除去に要する費用として合計四、八八四ドルを昭和二七年一一月六日ボンドに支払つたことが認められる。

四、本件船荷証券上、同証券の効力が一九三六年米国海上物品運送法に準拠する旨の約款があることは、当事者間に争いがなく、証人松宮雄七郎の証言によれば、船荷証券発行者原告の主たる営業所の所在地は米国カルフオルニア州サンフランシスコであることが認められるので、船荷証券所持人と原告の間等船荷証券に関する法律行為の効力については、同法が適用されるほか、米国連邦法及びカルフオルニア州法律の適用を受ける意思であるものと推定すべきであり、原告被告間の保証状による契約及びボンドと被告の間の売買契約の各効力については、行為地法たる日本法が適用されるものというべきである。

五、而して米国海上物品運送法第三条第四項は「船荷証券は、運送人が同条第三項(a)、(b)及び(c)の規定に従つて証券に記載されているとおりの物品を受取つたことの一応の証拠となる。」と規定し、又、同条によりその効力を認められている米国船荷証券法第二二条には「運送人は船荷証券所持人に対し(中略)船荷証券発行のときに証券面に記載の商品と現物とを照合しないことに対し責任を負う。」と規定されていて、運送人は船荷証券所持人に対し証券記載どおりの貨物を引渡すべき義務があるものということができる。

ところで原告が本訴請求の原因として主張する事実の要旨は、ボンドの請求にかゝる前記損害は、船荷証券に錆、曲り等運送品の瑕疵を記載しなかつた結果、運送品と船荷証券の記載とに不一致を生じたこともしくは船荷証券に真実に反する記載がなされたことによるもので、原告は、運送人としてこれを賠償する義務を免れなかつたものであり、被告は、原告に対し、前記保証状による契約に基ずいてこれを補償すべき義務があるというのである。従つて、原告主張請求原因三、(一)ないし(三)のいずれの理由によるとしても、原告からボンドに損害賠償義務があり、その結果被告から原告にその補償をなす義務があるといい得るためには、原告が、船荷証券の発行に際し、故意又は過失によりその証券に運送品と異る誤つた記載をなし又は当然記載すべかりし事項を記載せず、そのため証券上記載の物品と現実の貨物に同一性が失われ、又は、証券の記載からその発行当時貨物に存する瑕疵を知り得ない結果となり、善意の第三者がこの証券面の記載を信じて証券を取得し損害を蒙つた場合であることを要するもの即ち運送人の前記故意、過失と証券所持人(運送品の買受人である当事者を含み)の善意を要件とすると解すべきであるのみならず、この理は米国海上物品運送法第三条第四項と同じく船荷証券条約第三条第四項に基ずき定められた日本国内法たる国際海上物品運送法第九条の規定からも類推し得るところである。

更に、米国海上物品運送法第三条第三項には、運送人が、船荷証券発行に際し、これに運送品に関して記載すべき事項として、物品の識別のための記号、数量等のほか、その外観的状況が規定されているが、品質は記載要件とされていないので、運送人が賠償の責を負うべき運送品の瑕疵とは、外観から明らかな瑕疵又は外観の異常から通常の注意をもつて推知し得べき内容、品質の瑕疵に限られるべきものであつて、このことは原告の援用する合衆国巡回控訴裁判所一九三一年八月四日Carso 事件判決からも結論されるところである。

六、ところで、前掲甲第四号証と前記三の認定事実によれば、ボンド主張の本件鋼板の瑕疵というのは、到達地において検査の結果錆の点を除いては、鋼板の多くに皺、波型、裂目等があり、且つ厚さに最高〇、〇五インチまでの不均整があつて、要するに一等規格品と認められないというにあつたことが認められるが、運送品の船積の際右皺、波型、裂目及び厚さの不均等が肉眼により容易に認識し得る程度のものであつたことの証拠はなく、また右船積当時原告がかゝる瑕疵の存在を(前記一枚の微少な曲りを除いては)知つたことの証拠もない。仮に船積当時本件運送品がいわゆる一等規格品に適合しないものであつたとしても前記認定のとおり、取引上支障のある欠陥はないと判定された物品であることに鑑み、船荷証券を発行する運送人として運送品について外観上通常の注意をもつて認識し得る瑕疵又は外観から推測し得る瑕疵があつたものということはできず、もとよりこれが品質において一級規格品であるか否かという結論的価値判断に対しては、船荷証券上の記載如何に拘わらず運送人として関知しないところというべきであるから(後記八参照)、原告がかゝる瑕疵による損害に対して賠償義務を負わなくてはならなかつた理由を認めるには足りないものといわなくてはならない。

七、次に錆の点について考えるに、油仕上と包装の施されていない在庫品の鋼板は或程度の錆を帯びているのが常態であること前述のとおりであつて、特別の事由がない限り、何らの記載がなくとも錆の存在を予測し得るのであるから、錆があつても、使用上現実に支障を来たすような顕著な錆でない限り、物品の同一性を損ない又はこれに瑕疵があるものとはなし得ないものであるところ、前記認定のように、本件鋼板の船積前の検査時及び船積時これに若干の錆はあつたが、通常の取引上認容される程度のものであり、特に使用上甚だしい障害となるような錆は存在しなかつたのであつて、運送品にこの点の異状は存在しなかつたものとみるべきであるから、原告が船荷証券にこれを記載しなかつたことは、記載すべき事項の記載を怠つたものとはいゝ得ない。

甲第四号証中錆に関する記載はいわゆる一等規格品としての見地に基ずくものと推察されるところであり、仮にそうでなく一般取引上使用に障害となるような発錆があつたとすれば、右認定のように船積当時そのような錆がなかつた事実に照し、船積後陸揚前に錆を増したものという外はないのであつて、その場合の損害は運送人の負担すべきものとしても、無故障船荷証券の発行を原因とする損害として荷送人に帰責するのは理由のないものといわなければならない。

積荷受取書に「曲り錆無責任」なる文言を記載したこと(かゝる文言は運送品の状況の具体的な認識を表示したものとは到底解し得ないから、この記載の有無が船荷証券の効力に影響することは考えられない)及び保証状を差入れたことは前記のようにほとんど慣例的になされたものであり、右に「若干枚数に錆あり」と記載したことも、証人黒田一男の証言に照せば、顕著な錆があつて取引上紛争が予想されたことによるものではないものと窺われる。前記のほか、船荷証券発行当時本件鋼板につき正常の程度を超える錆があつたことを認めるに足りる証拠はない。

更に、本件鋼板は、ボンドの代理人ジー・ヴアイダーと被告との売買契約の目的物であり、右契約において最終的に従うこととされたデル・パンの検査に合格し契約の趣旨に適合した物品であつて、ジー・ヴアイダーも右の通常容認すべき程度の錆があることを知らされていたので、ジー・ヴアイダーにおいて船積当時の本件鋼板の状態を知つていたものと推定すべきであり、売買契約上、当事者の善意悪意の別は代理人について定めるべきであるから、ボンドも船積当時の本件鋼板の状態につき善意とはいい得ないものである。もとより船荷証券の所持人としての地位においては、形式上ジー・ヴアイダーはボンドの代理人とはいゝ得ないけれども、このように証券所持人が荷送人との間でその運送品につき、代理人を通じて売買契約をした買主自身であつて、代理人が目的物の状態を了解していた場合に、この悪意に目を蔽いなお自己の善意を主張することは、許されるべきではない。

又ボンドがデル・パンの検査に合格した鋼板の引渡を受けたことは、売買契約の本旨に従つた履行がなされたものというべきであるから、船荷証券の記載がどうであろうとも、ボンドは何らの損害を蒙つていないともいゝ得るわけである。

八、なお、右六、七を通じて、本件船荷証券上「一級市場品の平炉鋼鉄厚板」と記載されていることから、運送人は、証券所持人に対し右記載のところに適合した物品を引渡すべき義務があるものとの議論がなされるかも知れない。しかし前記のように、右「一級市場品」なる語は、売主の居住する日本国内において鋼板の規格を示すものとして使用されるものでなく、その意味するところが必ずしも普遍的客観的に明らかにされているわけではないのであり(米国においてこれがいかなる規格を示すかを認めるべき証拠もない)、しかもこれが鋼板の品質に関する結論的評価を示すものとしか考えられないのであつて、鋼鉄の取引について専門家でなく、運送品の品質を確認する手段も義務も持たない運送人に対し、運送品の外観のみからかゝる一義的に承認されていない基準による価値判断を要求し、それについて責任を負わしめることは、まことに酷であつて、到底容認し難いところというほかはない。

従つて右一級市場品なる文言は、船荷証券上において、法的効力を持たない無意義な記載をしたにとゞまるものであつて、運送人としては、右記載に拘わらず、「平炉鋼鉄厚板」として常識的に取引が円滑に行われる状態にあるとみられる物品を荷受人に引渡せば足り、かゝるものとして取引通念上正常の状況を損うものというに足りない程度の欠点については、例え特に高度の規格の下では容認し得ないものであつたとしても、これを船荷証券に記載する必要もなく、これについて責任を負わないものというべきである。

前記三の認定事実と弁論の趣旨から、ボンドの内心の意思においては、一級市場品として、より高い規格の物品を予定し、従つて許容し得る錆等の限度についても売主と見解を異にしていたことが窺われ、そのことが本件クレームの原因となつたものと思われるが、買主の内心の意思が取引の効力に影響を及ぼすべき場合があるとしても、これはもとより売主と買主の間で解決さるべきことであつて、一級市場品として容認し得る錆の程度の判断について運送人が責任を負うものとすることはできない。

若干の錆を帯びているのが常態である鋼板について、錆を許容し得る限度はその用途等からも相対的に定まることであつて、専門家の鑑識に俟たなくてはならないことであり、その用途等を知らない運送人において個別具体的に判断し得ることでなく、従つて運送人としては、平均的なものとして一見異状な錆が認められるときに限り、それについて責任を負うべきであり、本件において、仮に一級市場品として容認し難い錆があつたとしても、右のような平均的な意味で異常な錆があつたことの証拠はないので、原告はこれにつき責任を負わないものというべきでる。

九、このような次第で、本件鋼板の錆等に関して、原告主張請求原因三、(一)のように運送人が責を負うべき船荷証券の記載と運送品との不一致があるとも、同(二)のように運送人がその義務に反して不実記載をなしたともいゝ得ず、従つて又、同(三)のように運送人の故意又は過失による詐欺行為があるともいえないので、原告としては、ボンドに対し右の各理由によつては損害賠償の責任を負う理由はなかつたものである。してみれば原告が和解によつてこれを支払つても、船荷証券の記載に基因する損害賠償義務の履行といい得ないので被告において保証状に基ずき補償すべき限りのものではないといわざるを得ない。

なお、被告は、ボンドに対し、売買契約の本旨に従つた履行として、デル・パンの検査に合格した物品を引渡しているのであつて、被告がボンドに対し直接に債務不履行又は瑕疵担保等による責任を負う理由も考えられないから、原告が被告の債務を代位弁済したともいゝ得ない。

更に原告は、保証状の契約は、原告の出損が客観的に妥当でなくとも、一切これを被告が負担する趣旨であると主張するが、前記保証状の記載と本件のすべての証拠によつても右契約をこのような趣旨に解することは困難であるばかりでなく、成立に争いのない甲第一〇号証と証人大野俊也、同松宮雄七郎の各証言によれば、被告は、原告がボンドに本件損害賠償を支払う以前の昭和二七年八月二二日頃、ホテル東京内のクナツツエンライン宛の書面により、本件鋼板は、デル・パンの検査に合格し、買主代理人の同意のもとに船積して契約通りの義務を履行したものであり、船積の際指摘の欠陥は極めて些少なものであつて、運送人は貨物の品質につき責任を負う必要はなく、ボンドの請求に対しては訴訟で争う用意がある旨の通知をし、右ホテル東京内に当時事務所を有しクナツツエンラインの事務を代行していた原告東京支店において右書面を受領したこと、本件のような無故障船荷証券の発行により運送人が実際に責任を負つた事例はほとんどないことがそれぞれ認められるので、原告が、かゝる売主の主張にかゝわらずその意思に反してボンドに損害賠償を支払つたことになるので、たとい原告の主張するように運送契約上の出損を被告が負担する契約がなされたとしても、やむを得ない事由に基ずく出損でなく且つ被告の明白な意思に反する支払までも包括的に予め一切これを補償する趣旨で、契約が締結されたものと推測することは到底困難である。

よつて右保証状の契約に基ずき損害の補償を求め得るとの主張も採用するに由ないところである。

一〇、但し、前記の、船積の際原告側で発見し積荷受取書に記載しながら船荷証券に記載しなかつた「一枚の微少の曲り」については、以上述べたところによつても、原告の船荷証券所持人に対する責任及び被告の保証状による責任を免れしめることにはならず、また極めて少数である数枚に錆ありとの点についても同様と考えられるけれども、この点に限つた損害の額については、何ら主張立証のないところであるし、和解によつて支払つた額の補償を求める弁論の趣旨に照してもかかる微細な額の補償は、請求の意思がないものと推測すべきである。

一一、以上の次第で、原告が被告に対し前記保証状の契約に基ずき、原告がボンドに損害賠償として支払つた錆除去費用邦貨換算一、七五八、二四〇円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める本訴請求はすべて理由がないものであるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西川美数 佐藤恒雄 野田宏)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例